5月18日 被災地現地レポート

2011-05-18

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障害者の避難先をおっていわきの山奥にある「総合施設」を訪問しました。数多くの施設が併設されている一方でそれほど多くの話を聞くことはできなかったのですが、ある施設には3名、別の施設には6名(グループホームから5名、在宅から1名)の避難者が来ている(いた)とのことでした。会って話したいと希望してみましたが「風邪がはやっているから会えない」そうです。どのような暮らしを送っているのか、心配が残りました。
ここの職員から聞いた話ですが、今回訪問した総合施設が今抱える第一の課題は、次にもし原発が爆発した際にどこに、どのようにして避難するのかということだそうです。津波に襲われたときには、強制避難区域の20km圏内の施設で、津波の被害を受けずに残った建物に水産高校の所有する実習船をつけてもらい、そこから千葉・静岡の大規模福祉施設へと避難したとのお話でした。次に何かあった際は、施設ごと受け入れてくれる先を長野に確保してあるとのこと、また県や国と相談し移動用のバスを回してくれるよう話をつけてあるとのことです。しかし、これらの話がどれほど施設入所者に伝わっているのか、彼・彼女らがどのように考えているのかを直接聞くことは、上記の理由からできませんでした。
一方で被災に伴う混乱から、自宅で生活していた障害者5名が集まり、いわき市内で一軒家を借り共同生活を始めたというお話もありました。しかし、現在彼・彼女らがどんな生活をしているのか、生活相談業務担当部門では把握出来ていないらしく、逆に被災地障がい者支援センターふくしまの方が訪問し相談に乗るよう依頼されるということがありました。
今回の訪問からは、施設や地域で暮らしている人々が災害に振り回され、その多くは地域から大規模施設へと移っていく流れがあることが浮き彫りになりました。

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