「隠蔽と黙殺が招くもの」

2011-06-16

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自分で歩けない障害者の多くは津波の犠牲になったと想像がつきます。その場にいた人は自分にいろいろ言い訳をしても「見殺しにした」という事実はぬぐいがたく、罪悪感や心の傷は深まるばかりでしょう。あまりの辛さに、中には逆に、かえって優生思想にこりかたまってしまう人もいるでしょう。

しかし、原発の放射能汚染はさらに悲惨な「見殺し」の事実を突きつけているのです。

あたりまえのことですが、強制避難区域の半径20kmは、つまり海岸線では約40kmになります。津波の被害は海岸線から4―5kmの帯状の地域におよびました。上空をヘリが飛ぶことさえなかった、自衛隊も立ち入らなかった40kmもの沿岸地域で起こっただろうことを想像してみましょう。マスコミやそこに住む地域の住民さえ、立ち入らなかった「見捨てられた40km」に本当に人は誰も生存していなかったのでしょうか? 宮城や岩手の被災地での救援活動で救われた命があるのに、それがこの40kmの海岸線の4-5kmにおよぶ帯状の地域では、誰一人救われなかったのです。宮城や岩手の被災地では、かろうじて生き延びた人が、この40kmの沿岸では、3ヶ月も放置された今どうなっているのでしょうか?みんな餓死しているに違いありません。自宅の中で助けを求めて耐えていた障害者や子供たちや老人も、みんな誰からの手も差し伸べられないまま、次々と命を落としていったのです。「きっと、誰かが助けに来る」と信じて疑わず、くる日も来る日も天を仰ぎ続けていた人がいただろうことは、いくら目をそむけたいことでも、直視しなければならない事実です。津波の被害にあった障害者はこのような状態で見捨てられ続けています。

しかも、避難区域に指定されただけで直接被害も外傷もなかった多くの障害者でさえ、国の方針によって、一般の人のいる避難所から何の説明や同意もなく強制的に他府県の施設へ収容されていったのです。いままで、まがりなりにも地域であたりまえに暮らしてきたのに、「命を守る」「あなたのためだから」という建前で、見も知らない施設へ、定員オーバーなのを無理に押し込まれて、そこでの暮らしがどのようなものになるのか?

「障害者のためだ」といって隔離収容してきた過去の歴史を知る者にとって、それは火を見るより明らかです。収容施設では「あなたの自立のため」という謳い文句で、もともと一般より劣るからと排除された入所者の潜在的な劣等感を利用し、「手が掛からない」「健常者並みに出来る」ことを競わせるのです。内部での入所者同士の優劣の序列が生活全般に浸透し、厳しい縦社会を形成しているので、慢性的な介護不足でも施設が運営できる構造になっています。そこに、定員オーバーで、福島=放射能汚染と隠然と忌避される地域から突然やってきた人が喜んで受け入れられるとは思えません。

実際に、自閉症の被災者が移転させられた先の千葉県では、施設から飛び出して溺れて亡くなるという痛ましい事件も起きています。 理由もわからないまま連れて来られた慣れない環境、孤立やそこでの強い人間関係ストレスが、震災後続いていた不安に拍車を掛ければ、パニック状態に陥っても不思議はないと想像できます。

内部被爆の残虐さは、こういう形でも「見殺し」を人々に強制し続けているという点にあるのです。

放射能汚染の事実の隠蔽、見殺しの黙殺、それによって「人間は動けなければおしまい」という風潮に隠然と拍車がかけられています。優生思想は不可視化しつつ根深く浸透し続けています。

これこそが、バリアのない(accessible),手が届きやすく(affordable)維持可能な(sustainable)社会(society)の実現を妨げ続けている元凶なのです。

 

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