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「あってはならない存在」の立場から産科医療補償制度を斬る                  2008-11-25(水) 古井正代

2008-11-25

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「あってはならない存在」の立場から産科医療補償制度を斬る
2008-11-25(水) 古井正代

先日 偶然に産科医療補償制度の話題を取り扱ってるテレビニュースを見て、私の嗅覚が なにかを騒いでいるのを感じた。
よく内容を調べてみると私という存在に関わり深い制度であり「また訳のわからないことをはじめたな~」と 素通りすることができないほど私自身が当事者であることを感じた。

そして厚生労働省のWEBサイトをチェックしたとき、パブリックコメントを募集していることを知り下記のような内容の文章を投稿した。

はじめに
2009年1月1日から始まる産科医療補償制度は「医療機関の無過失責任を補償し、紛争の防止・早期解決」をうたっている。
「脳性麻痺裁判」を食い止め、訴訟リスクの高い産科医不足に歯止めをかけ、崩壊に瀕している産科医療を救うのだという「大義」。
立案者達は、制度名にあえて「無過失」をうたわなかった。
「過失」の語に「すわり」の悪さを感じたに違いない。しかし、障害が過失とされる構造を深く自問することがないまま、制度として不透明なままで走り出そうとしている。

脳性麻痺者は生き抜き、人・社会を支えている!
昭和20年代脳性麻痺を確定診断できる医療機関は国内で数箇所だった。当時、脳性麻痺の告知は「死の宣告」に勝る衝撃だった。私の母親は告知を受けた帰途、走る汽車の車両から脳性麻痺児(私)を抱いて身を投げるところだった。「この子はうちの子だ」とそれを制止したのは明治生まれの祖父だった。

その後半世紀以上たった今、私を抱いて身投げをしかけた母親がうつ病・交通事故頭部外傷・悪性新生物・認知症などで要介護状態になった。
重度障害者の自立生活を可能にしている物的・人的支援技術とそれを使いこなす当事者側のスキルは、どのような身体状況であったとしても「あたりまえ」の生活を可能にする。「本来あってはならない」はずだった私が、脳性麻痺者として半世紀以上、地域社会の真っ只中で近所の人たちと正面切って向かい合い、いつも目立ちながら、3人の子供を産み、育て生き抜いてきた。そうして蓄積してきた知恵と経験と技術は、母にとって非常に頼りがいがあったにちがいない。
母は数年前自分から父のもとを出て同居している。
それまで母親を介護していた父親がある日突然パーキンソン病と診断され、途方にくれて、母の介護が大変だからとショートステイを何度か使うようになった。そのとき感じた将来への不安が母親の決断の動機だったらしい。
要介護高齢者は殆どが障害者として素人である。いやむしろ、永年「五体満足」が当たり前の暮らしをしてきて、ある時を境に「不満足」になれば当惑し、混乱し、冷静ではいられなくなる。
そんな時、強力な刺激となるのは我々脳性麻痺者のようなベテラン障害者の後姿ではないのか?
初心者は、まず
「あれよりは自分のほうがまし・・」
「あいつにできるのに・・」
と思うだろう。
それはとりあえずの第一歩、ベテランだからそんなことはお見通しで、見下げた態度でも笑い飛ばせる。半世紀以上そういうふうに生きてきた。機能回復にこだわってかえって体を壊した人、「五体満足」への劣等感から健常者に卑屈になっている人、多くの人が私の前を通り過ぎていった。そんな経験から「何事も早めの準備が大切」だと知っている。だから、母にはかろうじて歩行可能な時期から、私が先導して電動車いすを使うトレーニングをした。私の住居は比較的アクセシブルだったから(そうでないと暮らせない)、母にとっては「残存機能」を最大限発揮できる環境である。高齢になってから電動車いすを練習し、生活の移動手段として実用的になった後期高齢者も少ないだろう。認知症で、しかも歩けなくて、それでも毎週かかりつけ医院まで一人で通院していた(ごく最近まで)。現在、母親が脳性麻痺の子供(の私)にオムツを換えてもらい、食事・風呂など一切の身の回りの世話をマネジメントされてでも、地域で自分の思うように暮らしている。

これに似た様な事は、実はずいぶん前から日本のあちこちで起こっていて、だから脳性麻痺者は自立生活運動を通じて高齢社会の水先案内人をしたと指摘する専門の研究者も多い。脳性麻痺者は若いときから「本来あってはならない存在」とあからさまに処遇されることが多かった。それがかえって、あるがままの自己をみつめ、自分の身体・精神の条件に根付いた、逆転の発想で人生を構築する原動力になった。 だから日本の脳性麻痺者は、さまざまな局面や、多くの障害者組織で、当事者性を代表できたのだ。脳性麻痺者が自立生活の理念をリードし続けてきた国は世界中探しても日本をおいて見当たらない。
にもかかわらず、今回の制度で、脳性麻痺者をあらためて「本来あってはならない存在」だと親に同意をもとめて何をしようというのか?少子高齢化のなかで崩壊しかけている産科医療に乗じて急しつらえされたこの事態、この国の人々の未来への絶望や生きることの悲しみがのっぴきならなくなった、そう思えてならない。

「脳性麻痺」は3000万円の負債か?

1966年兵庫県は障害児を不幸ときめつけた「不幸な子供を生まれない運動」を推進していた。
あの時も「健常者は一生で2億円を稼ぐのに脳性麻痺が一人生まれるたびに社会はそれ以上を損失することになる」という内容の発言がステークホルダーからあった。この歴史的事実は私たちの脳裏から片時も消えないだろう。社会が、恣意的に異なるものを排除する、できないものを切り捨てる、その最前列につねに「脳性麻痺」が並べられ続けてきた。「うちのこどもは脳性麻痺ではありません、小児麻痺です」そう母をいわせた「脳性麻痺」という響き、人々が感じる絶望的な感情。それが強ければ強いほど、脳性麻痺の負債価格は高く見積もられる「民間保険」というシステム。元来そのような構造をもつ「民間保険」システムの中に脳性麻痺を、むりやり押し込んだ。

将来にわたり次の世代に対して「脳性麻痺は本来あってはならない」「脳性麻痺は悲惨」というメッセージを発し続けることにならないのか?

脳性麻痺児はだれでもひく可能性のある「貧乏くじ」だ。たまたま引いた仲間をみんなの掛け金で救おう。そういってすべての親にその掛け金を払わせ、脳性麻痺=「あってならない存在」という踏み絵を踏ませる。

脳性麻痺裁判を減らすことが目的だというが、「脳性麻痺は3000万円以上の負債」だという露骨なキャンペーンに過ぎない。その親がすぐに直面する脳性麻痺児と生活の不安を一時金600万円で解消させ、将来にわたる不安を20年間毎年120万円の支給で軽くできるというが、それで本当に、いまだに減らない親による脳性麻痺児殺し事件を減少させられると思っているのか?

公害訴訟でも、金銭的「救済」だけでは被害者の人生は取り戻せなかった。実際私は、ずっと以前に公害被害者の人たちと議論したことがある。「胎児性「患者」の主体的な人生を考えるとき、「被害患者」という事実やそれに伴う周囲の感情はかって、自己の身体・精神と向かい合い自分らしい人生感の構築を危うくするかもしれない」と。
天地を引き裂く選別 人倫にもとる科学的根拠の用い方、従来は脳性麻痺の多くは分娩時の低酸素状態に起因すると考えられてきた。だから産科医の処置が問われてきた。
しかし,近年になってその頻度は10%未満で出生前の原因が大きいとされ、必ずしも分娩時に脳性麻痺になったといえなくなっている.満期出産での脳性麻痺の割合が長年一定だということも知られてきた。そこに補償対象の線を引き制度設計することは合理的で科学的根拠にもとづいているとされる。しかし考えてほしい、たとえば染色体異常や未熟児・低体重児の除外など、脳性麻痺児の選別のために科学的根拠を用いるということが、そもそも生命倫理としてどうなのかということである。    これらの胎児を育むこと自体「親の自己責任」あるいは「選択」なので補償対象外だというのか?これらの胎児を育むことを社会全体でバックアップしてなくていいのか?最も手を差し伸べるべき人たち、これまでなら最も大切にされた人たちへの無関心さはどうしたことか?原則1年後にしか申請できないことなど、この制度の本当の目的が脳性麻痺とともに生きることへの支援にはない事は明らかだ。本来なら社会補償の枠組みでやるべきことを、現場や当事者になすりつけ、医の倫理を経済の論理に置き換えるものではないのか?

産科医療保険でその方向へ大きく舵が切られた。我々の知らないあいだに・・・

母よ!殺すな
本来、社会補償でやるべきことを民間保険に切り替え、利害関係者の「自己責任」に還元しただけでは済まない事態が懸念される。それは、心ない(ある意味正直で素朴な)世間の目である。

「おまえ、3千万円もらったんだろう」
「もうこれ以上税金を無駄に使うな」
「3千万円使い切ったら死ね」

3千万円という明確な金額の不良債権の振出人として追求されないと、だれが補償できるのか?なにしろ脳性麻痺者はどこにいても、誰にでも一目瞭然、目立つ存在だから正常分娩・正常出産なのかどうかに関わらず、不良債権扱いされるかもしれない。「脳性麻痺」に加えられた新しい負債スティグマ(レッテル)は、脳性麻痺児の親を追い詰め、障害児殺しや育児放棄を増加させるかもしれない。

「障害者あるいは障害児をもつ家庭は社会から村八分にされるのであるが、この村八分にすること、施設に入れること、しめ殺すことの三つはまったく同根の思想から出ている」(横塚晃一 1970年)

この言葉が語られた40年近く前とくらべても、「世間の目」は排除の思想に満ち、決して成熟していない。

 

いまこそ共生社会をめざそう


今まで「共生社会を目指す」といわれてきたが、魂がこもっていない、上滑りしたものだったと露呈した。産科医療補償制度が利害関係者の綱引き議論に過ぎなかったことではっきりした。「障害があっても市民として誇りを持って平等に生活できるようにしましょう、でも正常出産で脳性麻痺になった人だけは妊産婦の掛け金から三千万円分の補償がうけられます」。

まったく筋が通らない。首尾一貫性がない。脳性麻痺ともに生きる人を考えず、ただ脳性麻痺の損得勘定をしようとする。
天地を引き裂く行為だ。

産科医療が崩壊しかけている原因が、脳性麻痺になった「責任」を押し付けられる恐怖だというが、脳性麻痺はあってはならない存在だという暗黙の了解がそもそもその大前提にあることを忘れてもらっては困る。医療事故と無過失を明確に区別することが重要でそのための財源確保が目的なら、正々堂々とそう主張するのが人の道であろう。それをいたずらに「脳性麻痺」を悲劇としてしたてあげ、広告塔にしたあげく、300億円の資金を集め官僚の天下りの利益を生み、そのうえ全国の脳性麻痺の兄弟姉妹たちを選別することだけは、断じて見逃すわけには行かない。

「本来あってはならない存在」であることをひきうけ、「脳性麻痺で何が悪い」と誇りを持って歩んできた日本の脳性麻痺者の一人として、人生そのものの全否定にほかならないから。

もし、共生社会の実現と少子高齢化への対応を同時に可能にする道を心から真剣に考えるつもりがあるのなら、まず「あってはならない存在」として生き抜いてきた全国の多くの脳性麻痺者のところへ行くべきだ。共生社会実現の強力な助人になってくれたにちがいない。
40年前から脳性麻痺当事者の声を真摯に聞く態度さえあったなら・・・・

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