Archive for the ‘世界に発信したメッセージ’ Category

The 淀川 2018年5月号 「合理的配慮とは」

2018-05-13

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「ザ・淀川」は「淀川区の今と昔と未来を結ぶコミュニティ新聞」として創刊37年のタウン誌です。毎月90,000部を発行し、大阪市淀川区民に全戸配布されてきました。2017年の5月から隔月で連載記事を載せてきましたので、ここに紹介します。

 

 

連載7回目の2018年5月号の16ページでは、「合理的」配慮とは本来は、障害者に対する恩恵や特別扱いなどではなく、それ自体が社会的挑戦であり、産業技術や企業活動や障害当事者や周囲の人の全てにとって「合理的」であるという確信が社会に浸透していることが前提です。

いつまでも「特別・特殊」「おなさけ福祉」の延長線から抜けられない日本では、どう足掻いても障害者は迷惑者でしかなく、だからこそちょっと何かがあると「あってはならない」と考えられてしまうのです。

 

 

The 淀川 2018年3月号 「不幸とは」

2018-05-13

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「ザ・淀川」は、「淀川区の今と昔と未来を結ぶコミュニティ新聞」として創刊37年の歴史を持つ、毎月90,000部を発行し、大阪市淀川区民に全戸配布されてきたタウン誌です。昨年の5月から隔月で連載記事を載せてきました。

 

 

2018年3月号の24ページでは、 「不幸とは」と題して、原発事故による放射能汚染をきっかけに露骨になってきた優生思想復活の象徴的出来事として、1966年の金井元彦知事の「不幸なこどもの生まれない運動」に対する称賛記事が昨年の「兵庫県立こども病院移転記念誌」に掲載されたことをとりあげました。

 

実をいうと、その当の本人の金井知事とは、私が中学のとき油絵を描いていたので応援してくれたお礼にと絵を寄贈し、それが新聞記事になって握手までしていました。私と握手しながら知事は腹の底で「こんな不幸なこどもは生まれてはならない」と秘かに確信していたのでしょうか?

「不幸なこども」と決めつけて、あなたのためだから、と亡き者にする。昔から繰り返されるこのような偽善的殺人は、今も無くなるどころか、親の「自由」意思による自己決定として巧妙に形を変え、ますます盛隆しているように感じます。

 

The 淀川 2018年1月号 「65歳問題」

2018-05-13

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「ザ・淀川」は「淀川区の今と昔と未来を結ぶコミュニティ新聞」として創刊37年を経た、毎月90,000部を発行する、約50ページ程度のタウン誌で、大阪市の淀川区民に全戸配布されています。

 

 

 

2018年1月号の24ページでは、「65歳問題」をとりあげて、「お世話してあげる」ことを金科玉条とする介護保険制度が、実は、いかに障害者自立生活を切り捨てるものなのか介護保険拒否の活動を紹介し、そんなことなど、これまで全く予想だにしていなかった世間の圧倒的多数の人達に、やがて自分達に関わる問題として認識してほしくて、訴えています。

 

 

 

 

訴えました。

 

 

 

The 淀川 2017年11月号 「介護と税金」

2018-05-12

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「ザ・淀川」は「淀川区の今と昔と未来を結ぶコミュニティ新聞」として創刊37年を経た、毎月90,000部を発行する、約50ページ程度のタウン誌で、大阪市の淀川区民に全戸配布されています。

 

2017年11月号の24ページでは、「介護と税金」と題して、この国の誰もがもう忘れてしまったかのように振舞う、消費税導入から鳴り物入りで始まった介護保険制度に至る歴史の中で、切り捨てられ、置き去りにされたことを思い出してほしくて、私自身が母を看取った時の経験や私の義父や義母のように、地域における高齢者の終末介護の現実について目をそらさず向き合いましょうと訴えました。

 

 

 

The淀川 2017年9月号 「もっと自由に!電動車いす①」

2018-05-12

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「ザ・淀川」は「淀川区の今と昔と未来を結ぶコミュニティ新聞」として創刊37年の毎月90,000部を発行するタウン誌で、大阪市の淀川区民に全戸配布されています。

 

2017年9月号では、「もっと自由に!電動車いす②」として、

障害をめぐる制度や、障害に対する障害者自身や健常者の考え方についての日米の違いから、障害者が不自由なのは障害があるからではなく、「健常者が良い」とする不自由な考え方に囚われている人ばかりだと、障害者が二級市民としてしか扱われず、不自由を強いられしまう、ということをわかりやすく説明しました。

 

 

 

 

The 淀川 2017年7月号 「もっと自由に!電動車いす①」

2018-05-12

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「ザ・淀川」は「淀川区の今と昔と未来を結ぶコミュニティ新聞」として創刊37年の毎月90,000部を発行するタウン誌で、大阪市の淀川区民に全戸配布されています。

 

2017年7月号では、「もっと自由に!電動車いす①」として

電動車いすを例にとって、障害や障害者の生活、一般の世間の中で、身近なこととして包み込む、アメリカ社会のありかたを具体的に説明しました。

 

 

 

 

 

The 淀川 2017年5月「みんなで生きられる社会の実現を!」

2018-05-12

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「淀川区の今と昔と未来を結ぶコミュニティ新聞」と冠する「ザ・淀川」は創刊37年の毎月90,000部を発行する、大阪市淀川区に全戸配布されるタウン誌です。昨年の5月から隔月で連載記事を載せているので、ここに紹介します。

 

 

初めての2017年の5月には、福島原発事故以来、放射能の影響を心配して障害児が産まれるという不安がたちこめる中で、みんなで生きられる社会の実現を目指して活動していること、暗に障害者に「がんばり」を要求するこの社会のあり様について書きました。

65歳障害者差別問題: 障害者が生きることを放棄させる人権問題です。

2018-01-02

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介護保険は健常者の「あんな姿になったらおしまい」という優生思想から創られた保険制度で、生きるための人権とは発端が違います。
——————————
[介護保険は障害者が障害者のままで生きることを放棄させる]人権問題です。

11月17日大阪市役所に以下の要望書を持って何が障害者の人権問題なのかを説明、抗議して来ました。
障害者福祉サービスは、個人の障害者が生活する上でそれに必要な物や介護を提供することをまだまだ不十分ながら、権利として勝ち取って来ました。

しかし介護保険は、そもそも当事者の声を無視しており、健全者が障害を持つこと、いわば障害者の初心者であるということを認めようとしていません
あくまでも健全者のようになることが目的で、ありのままの障害者の存在を支援するという視座がまったくありません。
「障害者として生きる」ことが含まれていないのです。
つまりそんな介護保険を強要することは「障害者権利条約」に違反することになります。
合理的配慮のない介護保険は、障害者差別解消法にも反します。

11月27日「介護保険は強制ではないので、無視してください」と大阪市福祉局高齢者施策部 介護保険課担当係長三上一郎氏から私に連絡が入りました。
大阪市福祉局は私の誕生日が12月11日なので、12月9日に介護保険へと切り替えさせるために障害福祉サービスを止めるべく画策していたのです。
それで、私は12月5日区役所に出向き、障害福祉サービスを継続させるための手続きを済ませました。
そして12月12日、ようやく障害福祉サービス受給者証が届きました。

障害を持つ自分に誇りを持って地域で生活し続けるため、65歳になっても介護保険の申請を拒否し、従来からの障害者総合支援法の活用を呼びかけます。

多くの仲間に拡散してください。
古井正代-

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障害を持つ自分に誇りを持って地域で生活し続けるため、私は65歳になっても介護保険の申請を拒否し従来からの障害者総合支援法のままでいくことを求めます。
2017年11月17日
大阪市長  吉村 洋文  殿
脳性まひ者の生活と健康を考える会
大阪市西成区岸里3-7-1-904 在住
古井 正代戦後になって賃金でも社会保険制度でも生活が支えられない場合には,国民の権利として公的扶助制度を利用できる社会保障制度体系が日本で初めて整えられ、国民の生存権を保障する体制が整いつつありました。
しかし、社会的入院や増え続ける高齢者医療費や寝たきり老人問題への解決策として2000年から介護保険制度が施行されました。残念なことに、それまで障害者支援で培われた当事者の声を反映しようとするポリシーが全く引き継がれないまま、急を要する国策として作られたのです。当時こんなことがありました。身体障害者の制度で体にあった車いすをオーダーメード出来ていた40歳以上の脳卒中片麻痺者の人の低床型の車いすについてです。2000年介護保険に切り替わったとたん、自分の片手片足でこげないようなリース品にしろと言われたのです。考えてもみてください、3月31日まで国民の権利として保障されていた移動の自由を、4月1日から年齢を理由にいとも簡単に「共助制度」の責任だとされたのです。それまで身体障害福祉でやってきたことは税金の無駄使いだったのでしょうか?「機能低下を来させることが介護保険の目的なのか」と厳重に抗議すると、今度は何の謝罪もなしに低床型オーダー車いすを業者に買わせて「これでいいだろう」とリース品使用を押し付けたのです。
このように介護保険は初めから、一定以上の年齢の障害者の権利や人間としての誇りなど眼中になく、我慢させることから始まったのです。障害者に対し年齢を理由に、障害の本質である個別性とは真逆の画一性を強引に押しつけ、権利を放棄させようとする歴史が今も続いていると言わざるをえません。
介護保険によって普遍的な保障を理念とした措置制度から契約制度へ移行し,応能負担から応益負担への転換が老人福祉に導入されました。定率の利用者負担が採用されたことで,低所得者の利用を絶対的・相対的に抑制しているともいわれ、本来の利用ニーズにプレッシャーをかけ続けてきたのです。
現実に脳性まひ者の私自身には、2003年から頭部外傷と脊髄腫瘍で動けなくなった母を我が家で引き取って、2010年まで同居して看取った経験があります。最後の2年、母は要介護5でした。にもかかわらず「横だしサービス」の全額と利用料自己負担1割で月額10万円以上支払い、それだけではケアが足らず、この重度障害者の私が母を毎日3時間くらい「介助」してなければ生活が成り立たちませんでした。これを「互助」のあるべき姿とでも言うのでしょうか。
なぜ老いた母が重度障害者の私を頼ったのか、そんな素朴な疑問もわきませんか?
その答えは、障害を持つことが悪いことだという優生思想が、あまりに世間に蔓延していて、道具や他人の力を利用しながらでも誇り高く生きられる生活モデルが、「障害者自立生活」以外に見当たらなかったからではないでしょうか。
日本の脳性まひ者は障害者運動のパイオニアで、日本中に自立生活センターが普及する1980年代よりも15年以上前から、地域社会で自律的に生活してきた歴史があります。制度のない時代から、地域に生きる脳性まひ者は、自分で介護者を見つけ、人間関係を築きながら介護を教え、人間のあり方を世間に問い、自分たちの介護体制を自分たちのイニシアティブで作ろうとしてきました。
共生社会を目指すことが、どんなにいばらの道であったのか、私たちは身をもって体験し、骨身を削りながら、世に問うてきました。
大阪市営地下鉄の、すべての駅に全国に先駆けてエレベーターがついたのも、ガイドヘルパーや支援費制度など、まがりなりにも、現在まで障害者支援やバリアフリーが整ってきたのも、私たち日本の脳性まひ者をはじめとする重度障害者の長年のいばらの道の副産物といえるのです。
たとえば、身体障害者の等級制度にしても、傷痍軍人での四肢の欠損がモデルで、画一的な階層性が戦後の当初にはあったのです。しかし、手足があっても上手く動かない、だから社会的不利は手足のない人よりはるかに大きい、そんな全身性運動障害の当事者が脳性まひ者なのです。その当事者が直接、生の声で粘り強く国に改善を求め交渉を重ねたからこそ、その後、さまざまな中枢性運動障害に対応できるような障害表記や等級となった経緯があるのです。
このように障害者制度は、当事者の身体をはった、骨身を削った取り組みや、生の声が羅針盤になって様々に形作られたり、変わったりしてきたのです。私自身も20代から障害者の人権を主張し、地域社会のユニークなメンバーとして、誇り高く生きてきました。これからも脳性まひ者、障害者として、引き続き地域に根を張って生活していきたいと思っています。
介護保険制度は障害者の特性を軽視するだけでなく、マジョリティ重視の市場主義を導入し、障害支援や介護を商業化させたのです。民間企業の参加しやすさに気を配るあまり、利用者や当事者の主体性や社会参加への視点は、障害者支援制度に比べはるかに薄いのが介護保険です。障害者から見ると、介護保険は専門家と行政主導で推進・運営されてきたように思えるのです。介護予防にしても、つまりは利用者を減らす事が目的で、障害者排除の優生思想にいつでも接近する危険をはらんでいると感じます。
介護保険制度は障害者支援とは目的・出所・成り立ちから違います。それがパターナリズムだという証拠は、介護保険で「自立」と言えば、何もかもを独りで介助なしにすることをいい、障害者の「自立生活」の概念との整合性など一切考慮されていないことで明らかです。このような健常者モデルの身辺自立一辺倒の発想では、障害者権利条約における合理的配慮の何が「合理的」なのかについて、私達障害者とは真逆の解釈をしているに違いありません。
私は今年で65歳を迎えます。障害者が65歳になれば従来受けてきた障害者総合支援法のサービスから、高齢者専用の介護保険のサービスに切り替わる(介護保険優先の原則)と言われても、私は幼いときから脳性まひの障害とともに生きてきましたし、これからも脳性まひ者として生きていきます。繰り返しますが、産まれてこのかた一度たりとも「健常者」であったこともないし、今後の私の人生でも障害がなくなる見込みなどありません。それなのに65歳になると、なぜ普遍的保障の障害者総合支援法から健常者モデルの自立観に立脚した共助の介護保険になってしまうのか、全く納得ができません。
負担の公平性ということを建前にするなら、なぜ差別解消法が必要だったのかと問いたいと思います。そもそもわれわれ全身性障害者が合理的配慮をもって健常者と公平に扱われてきたことがないからこそ、それを解消する必要があったのではなかったのではないでしょうか。私の脳性まひ者としての誇り65年の道程と、それに続く共生社会への未来を黙殺しないでください。
私が介護保険のサービスを受けることを仮定するだけで、当然ながら様々な矛盾・問題が噴出します。以下に、想定される問題・矛盾を列挙しますので、これらに対する大阪市の見解・見識を私にもわかるように説明してください。
①  障害者が65歳になると、今まで受けてきたサービスが継続できなくなる恐れがあります。障害者総合支援法の補装具給付で自分に見合った電動車いすが支給されたものの修理やメンテナンスは、65歳を過ぎるとどうなるのか不安です。
②  2015年からは介護保険の自己負担額が2割になって介護保険サービスに変わると、今までのサービス料金体系が変わり負担が増えることを危惧します。もしも母が入院・入所していたらコストはもっとかかっていたでしょう。母には元気なとき働いて余分に掛けた年金と定年まで蓄えた貯金があったので何とかしのげましたが、若いときから収入が障害基礎年金しかない私には、そのような自己負担もできないでしょう。いくら要介護5になっても、母よりもはるかに薄いサービスしか購えず、1日のかなりの時間を介護なしに放置されるでしょう。生まれながらの全身性障害者に自助や応益負担を求めるのは、こういう意味なのです。
③障害者総合支援法と介護保険の制度上の違いにより、サービス利用の区分・格差の不合理な問題が起きて、障害者本人や家族たちを混乱させ、サービスの利用における内容制限や新たな負担問題などをつくり出しています。
③  障害者総合支援法第7条(介護保険優先原則)の規定によって、障害福祉サービスであっても、介護保険に「相当」「類似」するサービスは介護保険での提供とされ、その結果住民税非課税世帯でもサービスは利用料を徴収されるのでしょう。
④  私は現在、障害者総合支援法の「重度訪問介護」等のサービスを受けていますが、介護保険には重度訪問介護のサービスはありません。重度訪問介護のサービスが打ち切られる可能性があります。私の誕生日が過ぎても、特別措置で重度訪問介護が認められるかもしれませんが、私の障害の変化によって、重度訪問介護の介助量が増えていくことも考えられます。そのような場合、介護保険適用では支給量のアップを認めるのですか?
⑥障害者基本法の第1条には《障害者の自立及び社会参加の支援のための施策の推進》が唱われています。そしてまた、この障害者基本法の基本理念に則った障害者総合支援法の第1条では《障害者及び障害児が基本的人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付、地域生活支援事業その他の支援を総合的に行い》と規定されていますが、これに対し介護保険法第1条では《加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他医療を要する者について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要
な保健医療サービス及び福祉サービスに係わる給付を行うため》と規定されています。このように障害者総合支援法と介護保険では明らかな違いが見られます。
介護保険は個別的な社会参加という概念がまったく含まれていません。これまで私は、障害者問題・社会問題に取り組みながら多くの人々と関係を築きながら、街の中に出かけたりしてきました。にもかかわらず、65歳を過ぎると、障害者支援にあった外出に対する支援が介護保険になく、事実上社会参加が制限されてしまうのです。これでは、介護の必要な者は、ますます介護者を見つけるのも困難になり、結果的に更に社会から孤立することになりませんか?
⑧「重度訪問介護」では都道府県知事から必要な知識及び技術を有すると認められる旨の証明書の交付を受けた者及び重度訪問介護従事者養成研修を受けた者もヘルパー資格が認められています。私の友人の中には自分たちで努力して開設した事業所でヘルパーを派遣している人もいますが、そこのヘルパーの多くは、友人たちと長い時間を共有して脳性まひの介助の仕方を学んでいます。しかし、介護保険関係の事業所に私たちの特殊性を理解し、当事者のイニシアティブを尊重する介助を行えるヘルパーが育つ余裕があるでしょうか?介護保険になった途端に、障害特性を「我儘だ」などと誤解されながら、また長い時間とエネルギーを費やし教育に取り組まなくてはなりません。障害が重くなればなるほど、障害の特殊性を理解し、
言葉にならない思いを傾聴する態度が重要となってくるので事態はさらに深刻です。
何が何でも介護保険に無理やり一体化するというのは、全身性障害者の視点からすれば、きわめて重大な人権侵害・存在否定そのものなのです。
以上、私の65年培ってきた障害者としての生き様と、介護保険に対する障害者の立場からの主張を述べてきました。これらのことから、私は全身性障害者として地域での私らしい生活を維持していくために、65歳になっても介護保険を拒否し、障害者総合支援法のサービスの適用を要望します。
現在、全国の65歳を過ぎた全身性障害者の仲間たちと各地方自治体との間で多くの摩擦が生じ裁判沙汰になっている地方自治体もあるようです。社会保険には【短期受給者証】があって1年にならなくとも何か月かごとに受給者証の交付を行なうことができ、東京や神奈川では1か月から半年間の短期証として65歳以上でも障害者総合支援法の受給者証の交付を継続している例があります。介護保険と障害者総合支援法との関係で、ある人が厚生労働省に問い合わせたところ、「65才になれば原則介護保険が優先されます。しかしこれはあくまで優先で、全身性障害者の場合等は必要に応じて100%総合支援法を適用することは可能です。個別事例については自治体の考え次第です」と述べています。
私の求めを黙殺せず、共生社会に向かって「大阪を前に進める」そんな心の通った市長と大阪市であるようにと、心より願っています。
 

相模原事件の報道に思う

2016-08-21

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2016年7月、障害者施設に元職員が侵入し「障害者は生きていても仕方がない」」「安楽死させた方がいい」と大量殺人事件が起きた。こういう事件のたびに、マスコミは犯人探しと犯人の異常性をクローズ アップした報道に躍起になる。そしてこの報道で、人々は自分たちの生活とはかけ離れた残忍な事件なのだと錯覚する。だが「障害者殺し」は想像を絶する別世界の問題でも、悪意に満ちた人だけが起こす出来事でもない。

ごく普通に多くの人々が抱く障害に対する否定的な感情やそれに関連する価値観~例えば子供ができたら「男女どちらでも健康が何より」だとか、歳を取ると「いつまでも若々しく」「迷惑にならないように」とか、私たち障害者を見れば「あんな姿にはなりたくない」とか~誰もが「常識」と信じて疑わない「ものの見方」の根底に、生命の尊厳と人間の誇りをズタズタにする原動力が宿っている。それが、障害児を分離教育に追いやり、障害者を施設で一生暮らすことを余儀なくさせ、老化に伴い介護が必要になると施設が終の棲家だと人生を諦めさせる。だが施設は誰もが好んで行くわけではない。その閉鎖的な空気や息が詰まりそうな生活、日々の人間関係は一般社会の差別の縮図そのままであり、そんな現実を皆知らない振りをする。

私はかつて養護学校高等部で全寮制のいわゆる施設で3年間暮らした。その入寮初日、先輩が私の姿を見るなりこう言い放った。「あなたは自分の立場を知りなさい。あなたは脳性麻痺だから、動作も遅く時間も守れず、何も満足にできない。私たちとは立場が違う。だから、仲良くなろうなんておこがましい。自分は周囲の足を引っ張るだけの存在と自覚しなさい」
障害者だけを集めると、その狭 い世界の中で能力主義=少しでも健常者に近い者が上位になり、その序列は時に健常者の想像を超えて厳しいものになる。ある先輩はそんないじめに耐え切れず家に帰りたいと寮から抜け出したのだが、「脱走だ」と山狩りのあげく連れ戻された。このように施設を含む社会のあらゆる場に蔓延する障害への否定的感情~健常者中心の考え方こそが、施設というものが作られ成り立つ大きな理由であり、このポリシーは施設に一貫している。

当時民生委員だった祖父が他の委員たちと慰問に行ったら「なんと明るい」「ここの子は幸せだ」「恵まれている」と 口々に言っていたそうだ。「たまに覗く」くらいでは見えないものが一杯ある。まして施設に追いやってしまった家族は、そこで何が起きているのか、目を背けず現実を見ることができない。

そもそも施設の存在自体が、障害者を一箇所に集め死ぬまで隔離・管理することを暗に認めてしまっている。手間のかかる、厄介者は面倒を見切れないから「切り捨て・隔離」することで成り立つ私たちの「快適」な生活こそ、今回の事件の下敷きになっているのでは。「障害者にはなりたくない、障害者はいらない」が前提の社会に在って、このような事件は起こるべくして起きたことかもしれないと思う。

3・11以降、放射能の健康被害について、国や東電、学者や医師らが因果関係をはっきり認めないので、私たちは不安を払拭することができない。そんな中でチェルノブイリのドキュメンタリーなどを観て、たびたび登場する奇形児や障害児に「障害児や奇形児が生まれる」から「原発はだめ」 と思ってしまう。こうして原発反対はいつの間にか「障害児が生まれることはだめだ」にすり替わる。これは新しい命を宿した女性を「子殺し」へ駆り立てるかもしれないと危惧する。お腹の中にいるときから区別することなく、殺すのではなく、どの子もみな産み育て、誰もが共に生きて行ける社会でなければ。
心の奥に根深く宿る、人を役に「立つ」「立たない」 に分ける価値観の呪縛から解放され、新しくお母さんになる女性たちを心から祝福できる社会をめざし、みんなで一緒に考え、歩み始めたい。

正代さん、6月25日、関西電力株主総会で発言

2015-07-07

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発言する 古井正代さん
(6月25日 関西電力株主総会にて)原発事故が起こったら、障がい者 は逃げられない!
福島の事故の時も、取り残され、餓死した障がい者たちがいるのです。
福島では、稽留流産という診断名のもとに、胎児が闇から闇へと葬り去られていると聞きます。
母親を命の選別に駆り立て
原発事故が優生思想を惹き起こしているのです。
事故は必ずあります。
障がい者は死んでもいいというような原発はいりません
もっと優しいエネルギーを、社会を!!
以下は、その場に居合わせた方の感想です。
涙が出ました。壇上の人(八木社長以下、関電役員)も顔を歪ませてました。少しは人の心を動かせたと思います。でも、すぐまた、彼らは、ロボットにもどりました。
投稿 松尾

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